動いていないのに、なぜ時間だけが重く感じるのか

朝のやわらかな光が差し込む窓辺で、スマートフォンの音楽プレイリストを操作する女性の手元

気づいたらね、
同じところに立ったまま、
季節だけがいくつも通り過ぎていた、
そんな感じがする夜ってあるよね。

春に少し期待して、
夏には「そのうち」と言い聞かせて、
気づけば風が冷たくなっている。

何か大きな出来事があったわけじゃない。
毎日はちゃんと過ぎているし、
生活も壊れていない。

それなのに、
なぜか心だけが重たい。

動いていないはずなのに、
時間だけがずしんと積み重なって、
「まだここにいるんだな」って、
自分で自分を見つめてしまう。

たとえばね、
気になる人との関係。

連絡はたまに取るけど、
はっきり進んだ感じはなくて、
もう半年くらい、
同じところを行ったり来たりしている。

何も壊れていない。
でも、何も始まってもいない。

その状態のまま、
カレンダーだけがめくられていくとね、
心は少しずつ、
音もなく疲れていくんだ。

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考えていないわけじゃない。ただ、止まっている時間があるだけ

「どうして決められないんだろう」
「どうして動けないんだろう」

そうやって自分を責めそうになるけどね、
ここは少し、立ち止まって考えてみよう。

決めていない理由は、
意志が弱いからじゃない。

動けないのは、
怠けているからでもない。

多くの場合、
心の中では、もう何度もシミュレーションしている。

進んだらどうなるか。
動いたら何を失うか。
もし違ったら、どれくらい痛いか。

頭の中で何度も確かめているから、
外から見ると「止まっている」ように見えるだけなんだ。

それにね、
関係が完全に終わっているわけじゃないときほど、
人は決断しづらくなる。

希望が少し残っているから。
壊さずにいられている今を、
手放すのが怖いから。

これはね、
逃げているんじゃなくて、
ちゃんと考えている証拠でもある。

だから、
「何もしていない自分」を
悪者にしなくていい。

今は、
考える時間の中にいるだけなんだ。

占いは、未来を決めるものじゃなくて「今ここ」を確かめるもの

朝の光が差し込む街中のカフェで、窓辺に座り外の景色を静かに眺めている女性の後ろ姿

ここでね、
占いの話を少しだけしようか。

占いって聞くと、
未来を当てるものとか、
答えをくれるものだと思われがちだよね。

でも、本当は少し違う。

占いは、
決断を代わりにしてくれるものじゃない。

「こっちが正解」って、
道を決めるための道具でもない。

もっと静かな役割なんだ。

たとえば、
知らない場所で立ち止まったときに、
地図を開く感じ。

前に進むか、
戻るか、
今日はそのままでいるか。

それを決める前に、
「今、自分はここにいる」って
確認するためのもの。

人生のハンドルを
誰かに渡すんじゃなくて、
今どこに立っているかを
そっと照らすライトみたいなものなんだ。

迷っている自分を、
責めるためじゃない。

ちゃんと迷ってきた時間を、
否定しないためのものなんだよ。

進まなくていい夜に、そっと現在地を見てみる

だからね、
今日は何かを決めなくてもいい。

無理に変えなくてもいい。

ただ、
「今の自分はどこにいるんだろう」って、
一度だけ確かめてみる。

それだけでいい。

進むためじゃなくて、
責めないための確認。

立ち止まっている時間も、
ちゃんと時間なんだ。

何もしていないように見えても、
心はずっと、考え続けてきた。

その事実を、
一度だけ認めてあげよう。

重く感じていた時間は、
無駄じゃなかったって。

今夜はそれを知るだけで、
十分だからね。

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