年を越したのに、返事が怖くて苦しい
気づいたらね、
また同じ話題のところに戻ってるんだ。
カレンダーはちゃんと
一枚めくられて、
年もまたいだ。
なのに、胸の中の会議だけは閉会しない。
たとえば、スマホの通知。
元彼の名前が出るだけで、
指先が固まる。
返すべき?
返さないべき?
その二択が、
息を浅くするんだよね。
何かを決めたわけじゃないのに、
夜だけが先に深くなる。
周りは「新しい一年だよ」って言う。
だけどあなたは、
去年の途中のまま、
助手席に座ってる気がする。
ハンドルは握ってない。
景色は流れる。
なのに、行き先だけが分からない。
そういうとき、
人は怠けてるんじゃない。
ただ、心が乾いてるだけなんだ。
乾いた紙にインクが
にじまないみたいに、
言葉も、決心も、
うまく乗らない日があるからね。
進めないまま、流れに任せて焦る
まずね、あなたが
止まっているのには理由がある。
それは「気合いが足りない」
とかじゃない。
もっと仕組みの話なんだよ。
連絡って、
ただの行為に見えるでしょう。
返信する。しない。
送る。送らない。
でも本当は、あなたの中では
「関係の呼吸」みたいになってる。
返したら、距離が近づく気がする。
返さなかったら、嫌われる気がする。
どっちに転んでも、胸がきゅっとする。
だから指が動かない。
動かないのに、頭だけが回る。
しかもね、相手のひとことが
曖昧だと、余計に固まるんだ。
「元気?」
この二文字に、
あなたは何を返せばいいのか分からなくなる。
ここで起きているのは、怠慢じゃない。
あなたが真面目だから起きている。
真面目な人ほど、
「一回の返信で関係が決まってしまう」
みたいに感じてしまうんだよ。
本当は決まらないのにね。
でも乾いた心は、
小さな一滴を
「大きな結末」に見せてしまう。
だから、流れに任せた結果、
行き先が分からなくなる。
自分で運転していない感じがして、
余計に不安になる。
ここまで来ると、
「返す・返さない」の二択は、
もう答えの形をしていない。
それは、呼吸が止まりそうな人に
「走る?歩く?」って聞くのと似てる。
まず必要なのは、
呼吸の幅を戻すことなんだよね。
占いは答えを決めるより、今をほどく時間

ここでね、占いのことも、
少しだけ言い方を変えてみよう。
占いって、未来を当てて
「これが正解」って札を
出すものだと思うと、
余計に苦しくなる。
だって今のあなたは、
もう十分に頑張ってるから。
これ以上「正しい方」を
突きつけられたら、
心がカサカサに割れてしまう。
占いをね、
決断の代わりに使わなくていい。
むしろ、絡まった糸の結び目を
見つけるための時間にしていいんだよ。
現実は一行だけ。
「元彼から連絡が来て、返事ができない。」
それだけ。
その一行の前後に、
あなたの中ではたくさんの比喩が渦を巻く。
たとえば、
返したら扉が閉まる気がする。
返さなかったら
置き去りにされる気がする。
でもね、扉も置き去りも、
いったん机の上に置ける。
占いは、
その机を一緒に
整えるみたいな時間なんだよ。
「私は何が怖いんだろう」
「私は何を守ろうとしてるんだろう」
こういう問いを、
責めずに扱える場所を作る。
それだけで、
息が少し通ることがある。
そして大事なのは、
未来を大きくしないこと。
一年先の結末まで引っ張らなくていい。
あなたの目の前にあるのは、
たった一通の通知なんだから。
その通知を見たとき、
胸のどこが硬くなるか。
喉が詰まるのか、
肩が上がるのか、
お腹が冷えるのか。
そこを言葉にしていく。
そうするとね、
連絡が「正解を出さなきゃいけない場」
じゃなくなる。
呼吸の間合いに戻っていく。
返すか返さないかの前に、
あなたがあなたに戻れる。
次の瞬間だけ見て、息の幅を取り戻す
最後はね、
行動の提案じゃなくて、
焦点の提案をするよ。
明日どうするか、じゃない。
次の瞬間をどうするか。
スマホを開いたら、
まず画面を閉じてもいい。
それは逃げじゃない。
呼吸を一回ぶん戻す動きだよ。
そして、返事の文面を完成させなくていい。
送信しなくていい。
下書きに一文字だけ置くでもいいんだ。
「いま、ちょっとだけ疲れてる」
この一文を、あなたのために置いておく。
返す/返さない、の二択から外れて、
呼吸の間合いを言葉にする。
そうすると不思議とね、
助手席の感覚が少し薄れる。
ハンドルを強く握らなくても、
車内の空気が落ち着く。
年をまたいでも話題が変わらない夜は、
あなたが弱いからじゃない。
ずっと同じところで、
ちゃんと耐えてきた証拠なんだよ。
だから今日は、
結末じゃなくて、次の瞬間だけ。
息を一回、深くして。
指先の力を、ほんの少しゆるめよう。
行き先が分からないままでも、
あなたが運転席に戻るための一秒は、
いつでも作れるからね。

