気づけば、選ばなかった時間が静かに積もっていた
気づいたらね、
あの時と同じ場所に立っている気がする夜があるんだ。
桜が散って、
夏が過ぎて、
空気が少し冷たくなっても、
心だけが置き去りみたいな夜。
大きな事件があったわけじゃないのに、
なぜか疲れているんだよね。
「今日は何もしてないのに」って、
自分にだけ小さく言い訳したくなる。
時間って、怒らないのに、
止まってもくれないでしょう。
あなたが選ばなかった日も、
ちゃんと一日として積み重なっていく。
そしてある夜にだけ、ふっと気づくんだ。
あの時も選ばなかった。
その前も選ばなかった。
選ばなかったことが、
悪いわけじゃないのに、
胸の奥が少し乾く。
たとえば、彼とのこと。
付き合うのか、距離を置くのか、
ちゃんと聞くのか、黙って待つのか。
LINEの画面を開いては閉じて、
下書きだけが増えていく。
「今送ったら重いかな」って思って、指が止まる。
返事が来ない時間が、
ただ静かに長くなる。
その静けさが、あなたの中で、
選ばなかった時間として残っていくんだ。
なぜ止まっているのか、怠けているからじゃない
止まっているときってね、
たいてい心の中が、
散らかっているんだ。
決められないのは、
決め方が分からないからじゃないことも多い。
決めたら何かが終わってしまいそうで、
怖いだけのときがある。
選ぶって、
未来を決めるみたいで、
責任がのしかかるでしょう。
だから脳は、
なるべく今の形を守ろうとするんだ。
それは弱さじゃなくて、
守り方のクセみたいなものだよ。
あなたが止まっているのは、
壊れているからじゃない。
ただ、失敗して痛い思いをしたことがあるから、
慎重になっている。
「また同じ目に遭うかも」って、
体が先にブレーキを踏む。
そして、そのブレーキを踏んでいる自分を、
あなたが責めてしまう。
でもね、責めると余計に固まるんだ。
固まると、考える量だけが増える。
考える量が増えると、余計に疲れる。
疲れると、ますます決められない。
この輪っかの中にいると、
どれだけ真面目でも、
前に進みにくいんだよ。
だから今日は、前に進まなくていい。
今日は、考えるのをやめていい。
今日という一日を、いったん降りてもいい。
「やめる」は、逃げじゃなくて、呼吸なんだ。
占いは決断の代行じゃなくて、いまの現在地を照らすもの

占いってね、
未来を当ててもらって、
答えを受け取るものだと思われがちだよね。
でも本当は、
決断を誰かに渡すための道具じゃないんだ。
むしろ、いまのあなたがどこに立っているかを
知るためのものに近い。
人生の地図って、
持っていても、
現在地が分からないと迷うでしょう。
「北に行け」と言われても、
あなたが今どこにいるかが分からないと、
北がどっちかも分からない。
占いは、その現在地を教えるライトみたいに使えるんだ。
たとえば、「彼から返事が来ない」という事実がある。
その事実の上に、「嫌われたかも」という想像が乗っている。
さらにその上に、
「わたしは大事にされない」
という昔の傷がくっついている。
この三つが重なると、あなたは動けなくなる。
占いは、そこを分けて見せてくれることがあるんだ。
いま起きているのは事実なのか、
想像なのか、
記憶なのか。
その仕分けができるだけで、
心の重さが少し変わる。
そして、答えを出さなくても
「今の状態」を言葉にできる。
それだけで、
あなたの中の霧が少し薄くなるんだよ。
未来を決めなくてもいい。
当ててもらわなくてもいい。
ただ、いまの足元を見て、
転ばないようにする。
占いは、そのための確認に向いているんだ。
決めなくていい、変えなくていい、ただ確認だけでいい
最後にね、あなたに一つだけ提案をするよ。
行動じゃなくて、確認をしよう。
彼に送るか送らないかを決めなくていい。
別れるか続けるかを決めなくていい。
今日という一日を、立て直さなくてもいい。
ただ、いまのあなたの気持ちを、
ひとつ確認してみて。
「わたしはいま、寂しいのかな」って。
「わたしはいま、怖いのかな」って。
「わたしはいま、返事が欲しいだけなのかな」って。
それが分かったら、
今日はそこで終わりでいい。
答えまで行かなくていい。
明日の自分が、また続きを見ればいい。
選ばなかった時間は、
あなたを責めるために積もったんじゃない。
あなたが守ってきた証として、
静かに積もっただけなんだ。
だから今夜は、今日をやめよう。
考えるのを、いったん止めよう。
布団の中で、
深く息をして、
手の力を抜こう。
いまの場所を確認できたあなたは、
もう迷子じゃないからね。

