気づけば一年、同じ場所で息が詰まる
いまのあなたは、明確な不幸があるわけじゃない。
ごはんも食べられるし、
仕事もこなしてる。
人から見たら「ちゃんとしてる」側かもしれない。
でもね。
希望の輪郭だけが、
どうしても見えない日ってあるよね。
気づけば、同じ場所に立っている気がする。
春が終わって、夏が過ぎて、
気温が少し変わっても、
あなたの胸の中の「停滞」だけが、
まだ同じ角度で残っている。
迷っている時間だけが、長くなっていった。
答えを出せないままの夜が増えて、
気づいたら、カレンダーだけが先にめくられていく。
それに追い打ちみたいに、
スマホに来るんだよね。
「結婚しました」の報告。
仲のいい子の笑顔の写真。
おめでとうって打ちながら、
指先だけが冷えていく感じ。
あなたは悪くない。
それでも心が乾く。
そういう夜の話を、今日は少しだけ一緒にほどこう。
全部やったのに報われず心が乾く
あなたはね、「できることは全部やったつもり」なんだよね。
自分磨きも、婚活も、
生活も整えて、ちゃんと頑張った。
それなのに結果が出ないと、
頭の中に黒い言葉が落ちてくる。
「私には、幸せになる才能がないのかも」って。
でもそれ、怠けている人の言葉じゃないよ。
むしろ逆で、頑張った人ほど
出てきやすい言葉なんだ。
理由はね、すごく単純で残酷で、
でも仕組みとしては分かりやすい。
人は頑張るほど、
「頑張った分だけ、前に進んだはず」
って思うでしょう。
だから進んでいる感触が薄いと、
努力そのものが嘘みたいに見えてしまう。
でも、本当は嘘じゃない。
成果が見えない時期って、
努力が消えるんじゃなくて、
見えにくい形で積み上がることがあるんだよ。
たとえばね。
あなたが耐えた日。
起き上がった日。
「今日は行きたくない」って思いながら、
身支度した日。
誰にも褒められないところに、
あなたの頑張った形跡が残ってる。
ちょっと、同じ夜を、三つの距離で見てみようか。
同じ場面なのに、見え方が少しずつ違うんだ。
まず、いちばん近い距離。
ベッドの端で座って、スマホを握って、
ため息が喉の奥に引っかかってる夜。
画面の光だけが明るくて、
自分の顔がちょっと疲れて見える。
次に、少し離れた距離。
部屋のドアのところに立って、
その光景を眺めている自分。
「また今日も、考え込んでるな」って、
責めるんじゃなく観察するみたいに見る。
この距離だと、あなたは“止まってる人”というより、
“疲れて座ってる人”に見える。
最後に、もっと遠い距離。
夜の街の外側から、
窓のひとつを眺めるみたいな距離。
その部屋の中で、誰かが今日をやり過ごした。
それだけで、その部屋には、
ちゃんと一日分のあたたかさが残る。
外から見るとね、「生き延びた日」って、
すごく分かりやすい形跡なんだ。
あなたの中で起きているのは、サボりじゃない。
消耗なんだ。
そして、消耗してもなお続けてきたってことは、
頑張った形跡がちゃんとあるってことなんだよ。
占いは怖がるものじゃなく傘みたい

ここでね、占いの話。
占いを「悪い結果が出たら怖いもの」
って思うと、近づくのも苦しくなるよね。
でも、もし捉え方を変えられたら、
占いはずっと静かな味方になる。
占いはね、悪い運勢を怖がるものじゃなくて、
雨の日に傘をさすように、
人生の荒波をスマートに
乗り切るための準備、
って考えてみてほしい。
運気には波がある。
上がる日も、下がる日もある。
もし「凶」って出たとしても、
それは不幸の宣告じゃないんだ。
「いまは無理に動かず、
自分をメンテナンスする時期ですよ」
そういう、宇宙からの優しい
アドバイスみたいなもの。
雨が降ってる日に、
濡れながら全力で走る必要はないでしょう。
傘をさして、靴の中が濡れないようにして、
帰ってお風呂に入って、体を温める。
そういう“整える日”があるから、
次に晴れた時に、あなたは誰よりも軽く歩ける。
占いがくれるのは、
未来を当てる力というより、
「いま、私はどんな波の上にいるか」
を言葉にする手がかりなんだよ。
自分のいる場所が分かると、
やみくもに自分を責める力が少し弱まる。
不運を避けるためじゃなくて、
不運さえも味方にする知恵を、
占いは授けてくれる。
「雨が降る」こと自体を消せなくても、
濡れ方は変えられるからね。
それにね、あなたが占いに惹かれるのは、
依存したいからじゃない。
ちゃんと生きたいから。
ちゃんと、次の晴れ間を大事にしたいから。
続きを考えなくても夜は終わる
最後にね。
ここまで読んで、あなたはたぶん、
また「じゃあ私は何をしたらいいの」
って思ったかもしれない。
でも今日は、行動を押しつけたくない。
あなたの心が乾いている日は、
正しい手順より、まず水分が必要だから。
だから提案はひとつだけ。
結果じゃなくて、形跡を見ること。
今日も起きた。
今日も外に出た。
今日も誰かに笑って返事をした。
今日も、帰ってきた。
それだけで、あなたは止まっていない。
前に進んでいる実感が薄くても、
足はちゃんと今日の分だけ動いてる。
そしてね、ここがいちばん大事。
続きを書かなくていい。
続きを考えなくても、
この話はここで、ちゃんと終わっている。
希望が見えない夜は、
希望を作らなくていい。
ただ、雨の音を聞いて、
傘を差し直すみたいに、自分を守る。
それで十分な日がある。
あなたが今夜、ほんの少しだけ
「私、頑張った形跡はある」って思えたなら、
それだけで、今日のあなたは少し楽になる。
続きは、明日じゃなくてもいい。
この夜は、このまま静かに閉じていいんだよ。

