決めていないのに、止めてもいない日々

両手で口紅をそっと開けようとしている、やわらかな水彩タッチの手元のイラスト

これは、
彼との会話でも、
友達との会話でもありません。

返事が来ないかもしれないLINEを前に、
送るのをやめた夜の
「今の私」と、

去年も同じことで悩んでいた
もう一人の私の、
頭の中の会話です。

何も決めていないのに、
何も終わらせてもいないまま、
同じ朝を何十回も迎えてしまった人なら、
きっと、途中で
「あ、これ私だ」って思うはずです。

目次

同じ朝を何十回も迎えて乾く胸

「ねえ、今さ……同じ朝を、
何十回も迎えた気がしない?」

「……する。起きて、
スマホ見て、ため息ついて。
で、何も変わってない」

「うん。えっと……
うまく言えないんだけど。
時間だけが、先に行く感じ」

「私の人生なのに、
助手席にいるみたい。
ハンドル握ってない」

「……そう、それ。
それを言ってもらって、
ちょっと救われた。

あ、いや、救われたって言うと
大げさか。ごめん、言い直す。
……“わかる”って思った」

「今日も決めてないのに、
止めてもいない。
ずっとそんな日々」

「うん。何かが起きたわけじゃないのに、
繰り返しだけが増えていく。
朝が増えて、
カレンダーが進んで、
心は置いていかれる」

「……嫌だった。
『おはよう』って送ろうとして、
やめた自分が」

「うん」

「送ったら、
返事が来ないかもしれないって思った。
その想像が、嫌だった」

「……うん」

「既読がついて、
何時間も返ってこない画面。
あれが嫌だった」

「……それ、嫌だよね」

「嫌だった、で止めたい。
理由とか、意味とか、いらない」

「うん。今日はそれでいい。
……あ、また“いい”って言っちゃった。
押しつけたくないのにね」

曖昧な関係が続いて虚しい夜

「具体的な悩み、
ひとつだけ言っていい?」

「うん」

「彼がさ、付き合うって言わない。
会えば優しいのに、言葉がない。
私だけが待ってるみたいで、虚しい」

「……うん。
で、その虚しさが続くと、
決められなくなる」

「決められない。
別れるとか、聞くとか、
距離を置くとか。
どれも怖い」

「怖いよね。えっと……これも
言い方が難しいんだけど。
“決めない”って、
怠けじゃないことが多いんだ」

「怠け……じゃないの?」

「うん。
決めた瞬間に、
何かが壊れる気がする。
だから、止めてもいないし、
進めてもいない。
その場所で、踏ん張ってる」

「踏ん張ってる……」

「そう。
あなたは助手席にいるんじゃなくて、
ブレーキとアクセルの間で、
足が固まってるみたいな感じ。
……ごめん、例えが変かな」

「変じゃない。足、ほんとに固い」

「ね。
それにさ、相手の一言で
自分の価値が決まるみたいに
感じる夜って、ある」

「ある。返事ひとつで、上下する」

「それ、しんどいよ。
“考えが弱い”とかじゃなくて、
心が乾いてるときほど、
刺激が痛い」

占いは未来より心をほどく時間

砂丘が広がる風景の中で、ひとり立ち尽くす女性の後ろ姿を描いた淡い水彩イラスト

「ねえ、占いの話、していい?」

「……うん。実は、気になってる。
でも、頼ったら負けみたいで」

「うん、その照れ……あ、
照れって言うと違うか。
“抵抗”があるの、すごくわかる。
わたしも、まっすぐ言えないタイプだから」

「……」

「占いって、未来を当てて、
結論を出すもの。
そう思うと怖いよね。
外れるのも怖いし、当たっても怖い」

「うん」

「でもね。別の使い方もあるんだ。
未来を決めるためじゃなくて、
“今の心の結び目”を見つけるため」

「結び目」

「うん。
『彼が好き』の奥に、
何が絡んでるのか。

『嫌だった』の奥に、
どこが痛いのか。
それを、言葉にしていく時間」

「でも、言葉にしたら、
何かしなきゃいけなくなる気がする」

「うん。そこが怖い。
だから今日は、行動の話はしない。
……あ、しないって断言も圧か。
えっと、なるべく、しないでおく」

「……ありがとう」

「占い師さんってね、当てる人もいるけど、
“あなたの言葉にならない部分”を
拾うのが上手い人もいる。

それって、答えを渡すんじゃなくて、
あなたの中の声を整える感じ」

「整える……」

「そう。
『私、ほんとは何が嫌だった?』
『何が一番こわかった?』
そこを、そっと触る。
触って、いったん置く」

「置く」

「うん。今日は“嫌だった”で止めていい日だから」

指先の乾きで終わる静かな余韻

「最後にさ、ひとつだけ。
……あの、確認って言いそうになるけど、
今日は言わない。
代わりに、体のほうを見てみよ」

「体?」

「うん。今、どこが一番つらい?」

「胸がかさかさ。喉も」

「うん。じゃあ、
いま息を吸ったとき、
空気がどこを通る?」

「……鼻、喉、胸」

「その胸のあたり、手のひらを当ててみて。
温度、わかる?」

「……ちょっと冷たい」

「うん。冷たいね。
それが、今日の“嫌だった”
の置き場所かもしれない」

「置き場所……」

「うん。言い直す。
置き場所って言うと、また説明っぽいね。
ただ、手を当てて、
冷たさを知る。
それだけでいい」

「……指先も乾いてる」

「うん。スマホを握る指、カサつくよね。
その指を、いま少しだけゆるめて。
肩、上がってない?」

「……上がってる」

「そっか。
じゃあ、肩を下ろして、息をひとつ。
長く吐いて。……そう。
手のひらの冷たさが、
少しだけ、ほどけたら
――今日はそこで終わろよ」

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