情報は集めた。でも、何ひとつ決めていない

朝のやわらかな光が差し込む窓辺で、小さな花瓶の野花にそっと触れる女性の手のイラスト
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気づけば、同じ場所で夜を迎えていた

気づいたらね、
あの頃と、ほとんど同じ場所に立っている気がする夜があるんだ。

春にスマホで調べたことを、
夏にももう一度調べて、
秋になっても、同じページをまた開いている。

何かが大きく変わったわけじゃない。
仕事も、生活も、昨日と今日はよく似てる。

それなのに、
なぜか心だけが、少しずつ乾いていく。

たとえばさ、
夜に布団に入って、
占いサイトを開いてみる。

「今の気持ち、当たるかも」
「この人に相談したら、楽になるかも」

そう思って、
いくつかのプロフィールを読んで、
口コミを見て、
料金を確認して。

でも、
結局そのまま画面を閉じる。

申し込んだわけでもない。
何かを決めたわけでもない。

ただ、
今日も“何もしなかった”という感覚だけが残る。

何も起きていないのに、
なぜか疲れている夜。

時間だけが、
静かに、確実に、
前へ進んでいく。

置いていかれているのは、
世界じゃなくて、
自分の心みたいに感じるとき、あるよね。

なぜ止まっているのか――それは怠慢じゃない

ここでね、
ひとつ大事なことを話しておきたいんだ。

動いていない理由は、
「やる気がないから」でも
「だらしないから」でもない。

本当はね、
もう十分すぎるほど考えてる。

調べて、
比べて、
自分なりに理解しようとしてる。

それでも決められないのは、
決断そのものが怖いからなんだよ。

占いを申し込むって、
未来を変える行動に見えるでしょう。

「これで何かが動いてしまうかもしれない」
「今の迷いが、はっきりしてしまうかもしれない」

そう思うと、
無意識にブレーキがかかる。

それにね、
心が乾いているときほど、
失敗したくない気持ちは強くなる。

間違えたくない。
後悔したくない。
だから、決めない。

これはね、
怠慢じゃなくて、防御なんだ。

これ以上、
自分を傷つけないための、
とても人間らしい守り方なんだよ。

止まっているように見えて、
心の中では、ずっと耐えてきた証拠でもある。

占いは「決断の代行」じゃない

朝焼けに染まる静かな水辺の桟橋に立ち、遠くの街並みを見つめる女性の後ろ姿のイラスト

ここでね、
占いの話を少しだけしようか。

占いって聞くと、
未来を当てるもの、
答えを出してくれるもの、
そう思われがちだよね。

でもね、
本当は少し違う。

占いは、
決断を代わりにしてくれるものじゃない。

「こうしなさい」
「これが正解」

そんな命令を出す場所じゃないんだ。

もっと静かな役割なんだよ。

たとえば、
知らない街で立ち止まったとき。

地図を見るでしょう。
それは、
どこへ行けって決めるためじゃない。

「今、自分はここにいる」
それを確認するため。

占いも同じなんだ。

未来を見るためじゃなくて、
今の心の位置を知るためのもの。

迷っている自分、
止まっている自分、
疲れている自分。

それを、
否定せずに、
そっと確認するための道具。

人生のGPSみたいなものだね。

進むかどうかは、
確認してからでいい。

決めなくていい。ただ、確認するだけでいい

だからね、
今夜は、何かを決めなくていい。

変えなくていい。
前に進まなくてもいい。

ただ、
「今の私は、ここにいるんだな」
それを確かめるだけでいい。

占いを使うとしても、
答えをもらうためじゃなくて、
自分の現在地を知るため。

それだけでいい。

動かなくても、
止まっていても、
確認はできる。

そしてね、
確認ができた夜は、
少しだけ心が静まる。

何も変わっていなくても、
自分を見失っていないって、
思えるから。

今はそれで十分なんだよ。

夜はね、
決断の時間じゃない。

心の位置を、
そっと確かめる時間。

そのくらいの距離感で、
いいんだからね。

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