気づけば、同じ悩みのまま季節が一つ進んでいた
気づいたらね、
去年と同じ服を着て、
同じ道を歩いて、
同じような夜を迎えていた、
そんな感覚になることありませんか。
特別につらい出来事があったわけじゃない。
誰かと大きく喧嘩したわけでもない。
毎日はちゃんと回っているし、
学校も仕事も、なんとなく続いている。
それなのにね、
なぜか心だけが、少しずつすり減っている。
朝が来て、
夜が来て、
それを何度も繰り返しているうちに、
「何も変わっていないはずなのに、疲れている」
そんな自分に気づく瞬間がある。
たとえば夜、
スマホを握ったまま、
まだ来ないLINEの通知を待っている時間。
今日は返事が来るかな、
明日こそは来るかな、
そう思いながら、
気づけば一か月、
気づけば季節が一つ変わっていたりする。
現状維持ってね、
何もしていないようで、
実は時間だけは確実に進んでいる。
その時間の上を、
心だけが置き去りにされて、
少しずつ乾いていく。
それが一番、
自分では気づきにくい疲れ方なんだ。
なぜ止まっているのか、なぜ決められないのか
ここでね、
「じゃあ、どうして動かないの?」
って言われると、
ちょっと胸が痛くなる子もいると思う。
でもね、
それは怠けているからでも、
弱いからでもない。
ちゃんと理由がある。
まず一つは、
今の状態を壊すのが怖いこと。
LINEの返事が遅くても、
完全に切れたわけじゃない。
嫌われたと決まったわけでもない。
希望がゼロじゃない場所に、
心がしがみついてしまう。
もう一つは、
選んで失敗するより、
選ばずに待つほうが、
自分を責めなくて済むこと。
「まだ決めていないだけ」
そう言える場所にいると、
間違えた自分にならずに済むからね。
それからね、
一番大きいのは、
ちゃんと考えているから動けない、ということ。
本当にどうでもよかったら、
人はすぐに切り替えられる。
でも、夜に何度も考えて、
一人で答えを探している子ほど、
簡単には動けない。
心が止まっているんじゃなくて、
心がぐるぐる回り続けて、
出口が見えなくなっているだけなんだ。
だからね、
今ここで立ち止まっている自分を、
責めなくていい。
それは、
何も考えていない状態じゃない。
考えすぎるほど、ちゃんと向き合っている証だから。
占いは「決断を代わりにするもの」じゃない

ここでね、
占いの話を少しだけしようか。
占いっていう言葉を聞くとね、
先のことを教えてくれるものとか、
迷ったときに正解を差し出してくれるもの、
そんな姿を思い浮かべる子も多いかもしれない。
でもね、
本当は少し違う。
占いは、
「どうするか」を決めてくれるものじゃない。
LINEを待ち続けるか、
やめるか、
別の道を選ぶか、
それを代わりに決めるものじゃないんだ。
もっと静かな役割なんだよ。
たとえばね、
知らない町で立ち止まったとき、
地図を見る感じ。
今、自分はどこに立っているのか。
前に進んでいるのか、
同じ場所をぐるぐる回っているのか。
占いは、
未来を見せるというより、
「今の自分の立ち位置」を
そっと教えてくれるものなんだ。
人生のGPSみたいなものだね。
進め、とも言わない。
戻れ、とも言わない。
ただ、
「今はここにいるよ」
って、教えてくれるだけ。
それだけでね、
心が少し落ち着くことがある。
迷っている自分を、
否定せずに見つめられるから。
今日は何も決めなくていい、ただ確認するだけ
最後にね、
今日は一つだけ、
小さな提案をさせてほしい。
行動しなくていい。
変わらなくていい。
決断もしなくていい。
ただ、
「私は今、ここにいる」
それを確認するだけでいい。
まだ返事を待っている場所なのか。
少し疲れている場所なのか。
それとも、もう限界に近い場所なのか。
答えを出さなくてもいい。
白か黒か、選ばなくてもいい。
確認するだけなら、
心は傷つかない。
地図を広げて、
現在地に丸をつけるだけ。
それだけで、
心は少し呼吸ができるようになる。
乾いていた気持ちに、
ほんの一滴、水が落ちる。
今日はそれでいい。
今日は、確認だけでいいんだよ。
また歩きたくなったら、
そのとき考えればいいからね。

